仏教行事を通しての保育


お花まつり

4月8日は、お釈迦さまの誕生日にあたり、お釈迦さまの「誕生仏」に甘茶を灌ぐことから「灌仏会」(かんぶつえ)ともいわれ、一般的には「花まつり」といわれています。
 お釈迦さまの記念日には三つあり、一つはこの「お花まつり」即ち「灌仏会」、二つ目はお釈迦さまが悟りを開かれた日、即ち「成道会」(じょうどうえ)、三つ目はお釈迦さまがお亡くなりになった日の「涅槃会」(ねはんえ)でありまして、これはお釈迦さまの三大法会として重んぜられております。
 お釈迦さまは「シャカ」というお名前ではありません。元々は「シッダルタ」といい、インドのシャカ族の王子としてお生まれになられておりました。最終的に「シャカ族を代表する立派な方」ということで、釈迦の釈と尊い人の尊という字を合わせ「シャカ族の中で最も尊い人」ということで、「釈尊」あるいは「お釈迦さま」といわれるようになりました。
 お釈迦さまのお生まれになるご様子につきましては、母君が出産のため、ご自分の実家へ向かわれる途中、ルンビニー園という所へ差し掛かった時、美しい花の下に至り、たれさがった花の枝を取ろうとした時に、たまたま産気付かれ、お生まれになったとされています。

 生まれ落ちるやすぐに七歩あるいて立ち止まり、「天上天下唯我独尊(天にも地にも我一人)」と唱えられたと言われています。

 

 お釈迦さまがルンビニー園で誕生なされた時に、空中より甘露のお水が灌がれ、お身体をお洗いになったということにもとづいて「お花まつり」の時には、きれいなお花をかざった、「花御堂」の中にお釈迦さまをおまつりして、甘茶を灌ぎ供養を行う行事が、日本各地で行われています。

 

 保育園では、本堂に飾り付けた花御堂に全園児が参加、整列し甘茶を灌いだり、お花をお供えしたりしてお祝いいたします。


ねらいお釈迦様が私たちに、仲良く平和に暮らすための大切なことを教えてくれるためお生まれになった日ということを伝える。


成道会

 「どうして人は殺し合いをするのだろうか。どうして貧しさや病気で苦しむ人がいるのだろうか・・・。どうすればみんなが幸せになれるのか。その教えをみつけ出すために勉強しよう」

そう思われたお釈迦様は今から約2500年ほど前に、その地位を捨て、妻子を捨て、29歳で城を出て、修行者の群れに身を投じ、難行苦行を重ねました。しかし、この世の中の生・老・病・死の苦しみから抜け出すことは出来ませんでした。

 体を苦しめるだけではいけないことに気づき、6年間も続けた苦行を止め、近くの河で身体を洗い清め、村の娘スジャータの乳粥の供養を受け、菩提樹の下に座って人々が幸せになれる道を考え続ける瞑想にふけりました。その間、いろいろな悪魔に悩まされ続けましたが、その悪魔を追い払い、12月8日の日の出前、明けの明星を眺められ、悟りを得られたのであります。

 この日を境に、シッダルタはお釈迦様と呼ばれるようになりました。

 

 保育園では、子どもたちは本堂にあがり、お釈迦様が考えられたみんなが仲良く暮らせる方法を、5つのお約束として子どもたちにお伝えします。また、スジャータの乳粥にちなんで、ホットミルクをみんなでいただきます。


ねらいお釈迦様の5つのお約束を知らせるとともに、お友達と仲良くすることの大切さを伝える。


涅槃会

 生きとし生けるもの、命があるものは必ず亡くなる日が訪れます。お釈迦様も例外ではありませんでした。

 最後の旅路の中、重い病気にかかってしまいます。お釈迦様は、ある時沙羅の木の下に横になり、今までの様々な出来事を振り返られます。父や母と別れ、かわいい息子まで城に残してきたこと、修行中、川のほとりでもらった乳粥のおいしかったこと・・・色々なことが思い出されます。しかし、お釈迦さまの心は落ちついて、死を前にした病人の苦しさはみえません。お釈迦さまは弟子たちを呼び、最後のお話をされます。そして静かにその80年のご生涯を閉じられます。

 

 保育園では、涅槃図と呼ばれるお釈迦様が亡くなられたご様子を描いた掛け軸を子どもたちに見てもらい、その様子を垣間見てもらいます。


ねらい命の大切さ、尊さを、お釈迦様を通して子どもたちにしっかりと伝え、5つのお約束にももう一度触れ、進級・進学を控える子どもたちの後押しになるよう丁寧に伝える。